
桜の花の見ごろも終盤にさしかかると季節はいっぺんに走り出す。小さかった紅葉の新芽も今はすっかり一人前の顔をしてサワサワと風に揺れて、庭先は早くも緑の季節にさしかかってきたようや。
透明に輝やく小魚は琵琶湖産の「小鮎」。3月、湖畔の芦原で産卵のためにせってくる「もろこ」が早春を連れてきてくれるのに対して、「子鮎」は桜が花びらを散らす4月~新緑の5月をオダイドコ(台所)へ運んでくれる。
京の町家 秦家(はた け)の日常

今日はおひなさん。おひなさんの横に供える三色団子と桜餅を買いにお饅屋はんへ走る。いくつになってもこのお菓子を買いに行くときはなんとなしに心が浮き立つようや。一瞬やけど、床の間のおひなさんの前にも小さい春の光が射した。「おばあちゃんのおひなさん、今年はここへ格上げや。。」て言いながら丁寧に毛氈の上に並べてる母の後姿がまるで少女みたいに思えてしもた。祖母のおひなさんはお内裏さんとお雛さんの中に、五人囃子やお道具が全部入って片付くようになってる遊び心あふれた張子のおひなさん。岩絵の具?で色づけされた素朴なおひなさんやけど、なかなかどうして床の間の上で堂々と存在感を醸しだしたはる。こんな小さな人形やのに、昔の手仕事はなんて細やかなのやろか。そう思うてしまう

昨日の午後は所要の帰り道に御所へ寄り道。風はちょっとヒンヤリしてたけどええ天気で歩くのも気持ち良かった。烏丸今出川周辺は、新たに春を迎える学生さんやろか親子連れも結構歩いたはる。ふーん、春やな・・。そう思いながら烏丸通りを下へ下へ(下=南方向のこと)と下がったひとつ目の門から御苑のなかへ足を向ける。御苑のなかは我が庭のようなもんや。て、京都に住んでるとそんなふうに思い込んでる人は結構、いいえ、かなり居ゃはるに違いない。もう桃園の桃の花もきっと満開、気に入りの木蓮の様子も見て帰ろうか。みんなが、それぞれに、そんなことを思いながらなんとのうふらっと足が向いてしまうとこ(所)。
ともあれ庭先にも春が来た。苔の緑は今が最高に美しいし、芽吹きの紅葉はなんとも瑞々しい、そして築山の赤い藪椿も3つ、4つと日を追って花を咲かせてきた。「ちょっと、ほれ、ちょっと来て見てみ。ヤブツ(なぜか、藪椿のことをこんなふうに呼ぶ)がまた咲いたえ。」と、母の声。これからちょっとずつ、庭先に立つ回数も増えてくる。




福引き付きの福豆を一袋買うてクジを引いたら、キッチンバサミが当たる。壬生さんへ古いお札を納めに行くのは毎年のことやけど、節分に祇園さんへ来るやなんてめったにないこと。珍しい動きをしたお陰で祇園さん(八坂神社)がいつにのう新鮮に映って見えた日になった。
