2014年2月2日日曜日

健やかに成長中

広がる世界
 仔犬を迎えて40日あまりが過ぎた。UとSの世話はかなりの忍耐力が要るけれど、彼女の個性がチラチラと見えたり、小さな世界を広げていく様子を観察するのは、ほんまにおもしろい。一日にいくつも遭遇する「初めて」に怖がったり、挑戦したり、びっくりしたり。
 今日の「初めて」は鏡。「ン?ナニ????ダレ!?」鏡の中へ入ろうと、引っかく、引っかく。そうして今度は鏡の後ろ側に回る。また前に来て、引っかく、引っかくを、5分ほど繰り返して終わった。

アンタ、ダレナノ!!
体重は2.3kg → 4kg に増えました。



2014年2月1日土曜日

親子で狂言体験

五感をみがく 親子会
 扇子を手に、お酒を酌み交わす振りを親子で楽しむワークショップ。
お客様との近い距離感がワークショップをより楽しくしていたと思います。やはりお子様たちの想像力はたくましいですね。狂言上演中も笑い声が舞台裏まで聞こえてまいりました。
と、会の終了後、茂山狂言会事務局のKさんも笑顔で感想を話して帰られた。
 去年6月から毎月開催してた25年度親子会最後のプログラムが終わった。暑い日、寒い日、一軒の家に集まってひとつの事に向き合うてると、不思議に生まれる一体感。初めて出会う子どもたちが自然に言葉をかわす場面がいくつもあって、プログラムの内容もさることながら、それがこの会の良いところかな。お話の会から数えると5年目になる今年、コンパクトな集まりの個性を生かしてぼちぼちと続けていけたらと思うてる。
 参加いただいた親子の皆さん、そして協力いただいた皆さん、ありがとうございました。

2014年1月30日木曜日

冬の雨音

季節感
 今年の大寒の晩は、寒ぼんさん(お坊さん)が打ち鳴らす太鼓の音は聞いた。この音を聞くと、まるで条件反射みたいにカレンダーに「大寒」と書いてあるのを確かめてしまう。季節のひとつの節を越えたことを確かめると、なんやしらホッとするものや。そんなふうにして毎日を過ごしてると、ちょっとした違和感にも結構過敏になるのか、今年の冬は、雨音がなにやしら耳障りでしょうがない。春めいた空気のなかで聞くのは耳慣れた音なのやけど、、
やっぱり冬は、シンと冷とうて、手水鉢にバリバリの氷柱ができて、曇天の雲からはチラチラと白いもんが落ちてきてほしいな。と、足先にしもやけつくりながらも思うてしまう。

 そうは言うても、節分はもうすぐそこに。暦の上では春が来る。
うっすらと春の霞がかかったような透け感が美しいなぁ。と思うてた韓国のパッチワーク、ポジャギとチュモニ(袋物)展が、高麗美術館ではじまってるとのこと。以前から作ってみたいと思うて糸と針は買うてあったけど、布端の始末が本ではわかりにくうて挫折してたポジャギ。白い窓飾りを作るワークショップもあると聞いて申し込しこむことに。お隣の国の始末の文化、楽しみ、楽しみ。
http://www.koryomuseum.or.jp/2013/09/_201418330.html



2014年1月13日月曜日

成功!

薯蕷饅頭
 笙と笛を聴く会に用意する新年にふさわしいお菓子、どうしょかな。真っ白でふっくらとした薯蕷がええな。と思うたまではよかったけれど、ふっくらとした皮になかなかうまいこと仕上がらず四苦八苦。お芋の種類か?粉の品質? そうや、錦に行ったら何か教えてもらえるかも。。
いつも大豆や小豆を買うお店へ新たに粉を買いに行ってたずねてみたら、摩り下ろしたお芋に粉をしっかり練りこむのがコツみたいでっせ。と親切に教えてもらえた。
 よし、もうこれで失敗したら薯蕷の饅頭は諦めようと覚悟決めて作ったら、ふっくら、しっとり、モチモチとした皮に蒸しあがった。
 季節のイメージを浮かべながらの和菓子作りは、なかなか楽しいものやな。

えくぼには、梅干の皮をトッピング
餡は白いんげん豆を使う。白餡の中心は白味噌を和えた白餡、その芯には梅干の果肉

2014年1月5日日曜日

1月12日(日) 笙と笛を聴く会

演奏会のプログラム

 初めて田島和枝さんの笙の音を聴いたのは2000年の秋、わが家の店の間で行われたスイス人主催の「静寂」というタイトルのパフォーマンスやった。息を吹き込むたび、その湿気を乾かすのに炭火が要ると聞いて、手あぶりに炭を熾して用意した。炭火の温もりは、楽器を温めるのにちょうど良いとのこと。とても喜んでいただいたことがご縁になって、その後、吉田山での茶会での再会もあって、お友達の笛の奏者雲龍さんと毎年、演奏会をしていただいてる。

 何度聴いても、心静まる美しい天上の音色は心地いい。一年の締めくくりにと、12月初旬に続けて3回開催してきたのが、スケジュール調整など諸事情もあり、4回目は新春に開催することになった。季節は同じ冬やけれど、注連飾りのある新年のあらたまった佇まいのなかで聴く音は、どんなふうに響くのやろう。お茶に添える菓子、お正月らしいお菓子もただいま考案中。。


長野の雲龍さんから、当日のプログラムが届く。

☆音 寿 香具之笛 雲龍

 おとほぎ・・森羅万象すべてにこの日を感謝し、永久の幸を願います。

 
☆雙調調子 笙 田島和枝

 そうじょうのちょうし・・調子は、前奏曲として奏され、場を調える響き。雙調は、春、東、青、草木な     どと対応しています。明るく澄み渡る音色で、平和な世界を連想します。
☆いぶき 息吹之笛、空之笛  雲龍

 いぶき・・一昨年から創り始めた陶器の笛『息吹之笛・いぶきのふえ』。
 雲龍の原点ともいえる一つ穴の笛は、天地を結び、空之笛(熊野の檜)により、この場に新たな氣を繋ぎ、吹かせて頂きます。
 
☆瑠璃光 ガラスの笛  雲龍、笙  田島和枝
  
 るりこう・・東方に輝く浄瑠璃浄土のはじまりの光につつまれて、心穏やかに泰平の祈りを捧げます。
 
☆悠久 北印度之笛 雲龍
 
  ゆうきゅう・・太陽は輝き、地球は自転して、生きとし生ける全ての命が響きあい、西方の光にかさなりあう。
 
☆滄海 竽(う)田島和枝、蜻蛉之笛  雲龍

 うみ・・竿は、笙と同じく、3000年以上前から、演奏されてきました。古代の齋の国の宣王が竿を好み、演奏者を何百人も集めた伝説があります。日本 にも笙と同じ奈良時代に伝えられましたが、すっかり伝承が絶え、正倉院に保存されるだけになってしまいました。近年、復元され、竿のやわらかい 音色が、聴けるようになりました。笙は、天界へ立ち上る様な印象ですが、竿は、深い海にゆったり遊ぶような感じがします。この曲は宮田  まゆみ 師が、仙人の棲む伝説の滄海の名を借りて作曲されました。
 
☆春鶯囀 笙 田島和枝

 しゅんのうでん・・鶯の鳴き声をもとにして、唐代に作曲されました。 壱越調の大曲で、『和風長寿楽』『天寿楽』などの別名もあります。
 
☆春をよび竜と鳳凰が舞いあそぶ  田島和枝、転生之笛 雲龍
 
 かぜをよび りゅうとほうおうが まいあそぶ

2014年1月1日水曜日

小さな命を迎える

明けまして おめでとうございます
 
moonを見送って半年。ポカンと空いた穴に蓋をしてきたけど、ときどきヒューッと風が吹いて、そうでのうても広い家の中が静か過ぎるなぁ。と母と話してた。いろいろ、いろいろ、夏を過ぎたころから考えていて、けれど、やっぱり当分このまま静かにしとこう。と思うてた。それが、、
 「出会い」は、ひょんなとこにころがってるものや。見るだけ、見るだけ、と思うて入ったペットショップ。黒豆みたいな目。なんや、この仔犬。ビション フリーゼ? 聞いたことない犬種。そう思うてしもたのが運の尽き。落とし穴にはまってしもた。
 12月21日、雨降りのなか、ボール箱に入れられた仔犬は、帰宅してケージを組み立てるまでの1時間ほどの間、クンともスンとも鳴かず、静かに箱の中で不安に耐えてた。なかなか、性根の座った子。
 はじけるような小さい命の塊て、こんな眩しいものやったかなぁ。なんか、生気を吸い取られるようやな。と数日の間、母共にちょっとくたびれたけれど、ほれ、Uが出た、またこんなとこでSしたな。と振り回される一日は幸せのひとときでもあり。
 ナンヤ、アノ ガサガサシテルヤツ。耳を後ろにして背中向けてるmoonの姿が目に浮かぶよう。
 9月7日生まれ ビション フリーゼ(フランス原産) ♀ 名前は、cuu 。
  


2013年12月9日月曜日

広沢の池 鯉揚げの副産物

モロコ
 嵯峨野の広沢池で池の水を抜いてコイなどの魚をとる「鯉揚げ」は、毎年この時期になると聞こえてくる冬の便り。水が抜かれた池の中へ腰まで入って、網で勢いようコイやフナ、モロコをすくい上げるのを新聞などでは知っていたけれど実際に出かけてみたことはいっぺんもなかった。
 それが、昨日の夕方にこの池で揚がったモロコを頂いた。艶やかな小魚は、さっきまでピチピチ跳ねてました、て顔。
わが家だけでは食べきれへんので、喜んでもらえそうなところへおすそ分け。届けますて電話をしたら、いやいやこっちからもらいに行くと言うて、飛んで受け取りにみえた。知ってますか、これを先に横向きに焼くか、頭を先に焼くか。ウンチク語り合いながら炭火で焼くだけで酒の肴になりますねん。と言い残して帰られた。

わが家もさっそく炭火で焼いた。ガスコンロの上に、手製の細かいステンレスの二重焼き網を置いて炭を並べてガスを点火。炭がおこって来たらガス火を消して串に刺したモロコを焼く。薄口醤油、米酢(1:1)に粉山椒を加えたタレを何度か塗りながら、じっくり、こんがり焼いていく。
体長は5.6センチと小ぶりながら、生臭みナシ、骨は柔らこうて、香ばしい珍味。久しぶりに、美味しいモロコを堪能させてもろうた。

残らず美味しい食べられたモロコ、きっと成仏してくれた。とは、人間の身勝手な言い分かな?